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神戸地方裁判所 平成4年(タ)62号 判決 1994年2月22日

原告

李緑玉

右訴訟代理人弁護士

石井嘉門

右訴訟復代理人弁護士

藤本尚道

被告

甲野一郎

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  原告と被告間の長男二郎(昭和六三年六月三〇日生)の親権者を原告と定める。

三  被告は、原告に対し、金六〇〇万円を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その三を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一主文第一、二項と同旨。

二被告は、原告に対し、財産分与として金四〇〇万円を分与する。

三被告は、原告に対し、右金員を含めて金一二〇〇万円を支払え。

第二事案の概要

一1  中国籍を有する原告(一九六六年八月五日生)と日本国籍を有する被告(昭和二六年七月二三日生)は、昭和六一年一〇月二五日に中国において同国の方式により婚姻した夫婦で、両者の間には、日本国籍を有する長男二郎(昭和六三年六月三〇日生。以下「二郎」という。)がある(<書証番号略>、弁論の全趣旨)。

2  原告は、離婚原因として、(一)被告は、婚姻以来、些細なことから原告に対し再三暴力を振るう等原告を虐待し、特に、平成三年一二月一六日には原告の顔面を踏みつける等の暴行を加え、これにより原告に左眼窩吹き抜け骨折、鼻骨骨折、上顎骨骨折の傷害を負わせたこと、(二)被告は、金銭に対する執着心が極めて強いうえ、夫としての自覚に欠け、自己中心的な行動が顕著であったこと等によって、原告と被告間の婚姻関係が完全に破綻していることを主張し、離婚と二郎の親権者を原告と定めることのほか、財産分与として金四〇〇万円及び慰謝料として金八〇〇万円の各支払いを求めた。

3  これに対して、被告は、(一)原告は、中国において結婚コンサルタント業と称して多数の結婚詐欺を行っており、被告との結婚は、最初から離婚することを前提として、離婚による慰謝料、子の養育費等の名目で被告から金員の交付を受けることを目的としてなされたものであること、(二)原告は、四日市市在住の男性某と不貞行為を行い、二郎出生後も、右某と結婚したかったなどと被告に離婚を促すように話し、離婚届に二、三度署名していること等を主張して、原告主張の離婚原因を争っている。

二争点

原告の本訴請求の当否

第三当裁判所の判断

一本件裁判管轄権及び本件準拠法等に関する判断

1  当裁判所の本件に対する裁判管轄権の存否

原告が中国籍を有し、被告が日本国籍を有することは、前記認定のとおりである。

したがって、本件は、いわゆる渉外身分関係事件に属する故、これに対する当裁判所の裁判管轄権の存否が問題となるところ、原告の本件訴に対し、被告が異議なく応訴していることは、本件記録から明らかである。

よって、本件については、その全てにつき、被告の右応訴に基づいて、当裁判所に裁判管轄権の存在を肯認するのが相当である。

2  本件に対する準拠法

(一) 離婚の準拠法

原告と被告の本国法が異なることは前記認定のとおりであるところ、同人らがそれぞれ日本国内に住所を有していることは、本件記録から明らかである。

右認定に基づくと、原告と被告は、互に国籍が異なっても、それぞれ本邦に常居所を有するというべきであるから、本件離婚請求の許否、その方法及び成立要件に関しては、法例一六条本文、一四条に則り、同人らの常居所地法であるわが国民法が準拠法になる。

(二) 親権者指定の準拠法

父母離婚の場合における未成年の子に対する親権者指定の準拠法については、子の福祉を重視して判断すべきであるから、離婚の効力とは別に、親子間の法律関係の問題として、同法二一条によるのが相当と解する。

しかして、被告と二郎が日本国籍を有することは前記のとおりである。

したがって、本件親権者の指定に関しては、法例二一条に則り、子二郎の本国法であるわが国民法が準拠法になる。

(三) 財産分与請求の準拠法

離婚に伴う財産分与請求は、離婚の効果としてなされるものであるから、離婚の効力の問題として、離婚の準拠法がその準拠法になると解するのが相当である。

したがって、前記(一)の認定説示に基づき、本件財産分与請求に関しては、本件離婚請求の準拠法であるわが国民法が準拠法になる。

(四) 慰謝料請求の準拠法

原告が本件慰謝料請求として離婚に至るまでの個々の行為を原因とする慰謝料と離婚そのものを原因とする慰謝料をそれぞれ請求していることは、原告の主張自体から明らかである。

したがって、本件慰謝料請求中、離婚に至るまでの個々の行為を原因とする慰謝料請求に関しては、一般不法行為の問題として法例一一条一項に則り不法行為地法であるわが国民法が、また、離婚そのものを原因とする慰謝料請求に関しては、その実体がいわゆる離婚給付の一端を担うものとして離婚の効力に関する法例一六条本文、一四条に則り前記説示と同じく常居所地法であるわが国民法が、それぞれ準拠法になる。

二争点に対する判断

原告の本訴請求の当否

1  離婚と親権者及び慰謝料について

(一) 証拠(<書証番号略>、証人王、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六〇年一二月ころ、中国公西壮族自治区桂林市に観光旅行で訪れた被告と知り合い、被告が日本に帰国した後は同人と文通による交際を重ねた。

そして、被告は、昭和六一年八月ころ、原告の両親に会うために訪中し、その際、原・被告は結婚を決意した。そして、原・被告は、同年一〇月二五日、前記桂林市において中国の方式により婚姻した。

(2)  原告は、右婚姻後の昭和六二年四月一三日に来日し、「日本人の配偶者」の在留資格で被告宅に同居して婚姻生活を始めた。

原告は、来日当初は日本語を話せなかった。一方、被告は、海上保安庁神戸海上保安部に勤務し、船舶に乗務する仕事に就いていたため、一か月のうち半分くらいは家に帰らなかった。そのため、同人らは夫婦として十分なコミュニケーションをはかることができなかったが、原告は人並みに家事を行い、また、被告も買い物を分担するなどして婚姻生活を送っていた。

(3) 原告は、二郎を懐胎したころから日本語を少し話せるようになった。そして、原告は、二郎を出産したころには、日本語を一応話せる程度になり、その後、日本語検定一級の資格を取得するまでに上達し、現在では日常会話において格別の支障はない。

(4) 原告は、平成三年四月ころ、美容師の資格を取得するために美容師専門学校に通い始めたが、被告から反対を受けたため、同校の三か月間の学費金一〇万円を自費で賄った。

(5) 被告は、同人の反対にもかかわらず、原告が専門学校に通い始めたうえ、二郎の育て方について原告と意見が異なることが多くなったため、同人に対して不満を抱くようになった。そのため、原・被告は、些細なことで夫婦喧嘩をするようになり、被告は、原告に対し、中国人に対する侮蔑の言葉を口にすることが多くなった。

そして、原・被告の夫婦喧嘩の回数は次第に多くなり、やがて同人らは連日のように夫婦喧嘩をするようになった。右夫婦喧嘩は、原・被告の口論だけで終わることもあったが、被告が原告に対し殴る等の暴力を加えることもあった。

(6) 被告は、平成三年一二月一五日午後一〇時半ころ、原告の寝室に入って来るや同室の灯を点け、同室内で就寝していた同人に対し殴る蹴るの暴行を加えた。そして、その当時被告宅に同居していた原告の親戚であり中国の医師資格を有する王虎(以下「王」という。)は、原告の寝室から怒鳴り声や泣き声が聞こえたために同室へ赴いたところ、原告に暴行を加えている被告を発見し、同人を原告から引き離そうとした。被告は、原告に対する暴行をなかなか止めようとしなかったが、王から制止を受けた結果、自分の寝室にいったん戻った。

(7) しかし、被告は、その後再度原告の寝室へ行き、横たわっている同人の顔面部を足で蹴り、踏みつける等の暴行を加え、同人に左眼窩吹き抜け骨折、鼻骨骨折、上顎骨骨折の傷害を負わせた。

王は、原告の叫び声を聞き、同人の寝室に駆けつけると、同人は鼻と眼から血を流して横たわっていたため、原告の出血個所から生命に危険があると判断し、タクシーで同人を神戸海星病院に運び込んだ。

(8) 原告は、前記傷害の治療のため、平成三年一二月一六日から平成四年一月六日まで右病院に入院し、平成三年一二月一七日には鼻穴から目頭にかけて手術を受けた。

被告は、右入院期間中、二郎の治療に必要であるとして、原告が保有している保険証を取りに右病院を訪れたことはあったが、原告の容体を気遣うことはなかった。かえって、被告は、原告が入院してから数日後に一方的に離婚を宣言し、平成四年一月一日には、王に対し被告が署名した離婚届の用紙を原告に届けさせたが、原告は二郎のことを考えて右離婚届に署名しなかった。のみならず、被告は、右入院期間中に、原告に無断で、同人の衣類、前記専門学校の教科書、美容技術練習用のマネキン等をごみ捨て場に捨て、被告宅の鍵を取り替えた。

なお、二郎は、原告の入院以前から愛児園(保育所)で保育を受けていたが、原告の右入院期間中については、被告の勤務時間との関係上、王が二郎の愛児園の送迎を行っていた。

(9) 原告は、被告の前記暴行から同人に対し恐怖心を抱き、また、被告宅の鍵が取り替えられたことから同宅に帰宅できない状態になったため、右病院を退院後、被告及び二郎と別居することを余儀なくされ、福祉事務所に相談に行った結果、太慈母子寮を経て、神戸市立の母子寮である原告肩書住所地の村雨荘(家賃及び共益費が合計金六〇〇〇円)で生活を始めた。

(10) 原告は、右別居後直ちに神戸家庭裁判所に被告との離婚等を求める家事調停を申し立てた(同裁判所平成四年(家イ)第一号事件)。しかし、被告は、同調停手続において、原・被告の結婚は偽装結婚である、離婚には応じるが二郎は原告に引き渡さない、慰謝料の支払いも財産分与もしない旨主張したため、同調停手続は平成四年二月一七日不成立として終了した。そこで、原告は、同年七月一日、本訴を提起した。

(11) 原告は、同年八月三日ころ、前記愛児園に赴いて二郎を引き取ったところ、その際、同園側において二郎の所在がつかめず、同人の所在確認に関し管轄警察署の協力を得たことがあった。

この騒動は、同警察署及び関係者の尽力によって解決したが、その際、被告の方でも、二郎との面会をどうするかについて後日あらためて原告と協議をするということになり、原告において二郎を当面引き取ることについて反対しなかった。

(12) そして、原告は、同人宅において、二郎の養育に当たったが、自らは美容師の資格を取得するために美容室に勤務してその勉強を続けたことから、右勤務時間中は二郎を鷹取保育所に預けることにした。

そして、原告は、同人宅の隣人らの励ましを受けながら、右美容室での勤務を続け、朝夕には二郎の右保育所への送迎に当たり、また、右職場での同僚に二郎の面倒を見てもらったりしながら、懸命に同人を養育した。

なお、その後、原告は、平成五年七月ころ美容師の資格を取得し、右職場での給料も、基本給が月額金約一五万円になった。

(13) ところが、被告は、平成四年一〇月二四日、同月二六日と右保育所を訪れ、二郎の引渡を強く求めたが、右保育所側はその申し出を拒否し続けた。

しかし、被告は、同年一一月五日、右保育所の職員及び前記福祉事務所の職員の説得にもかかわらず、二郎を同保育所から被告宅へ連れて帰った。

原告は、二郎が被告に連れて行かれたことの連絡を受け、同福祉事務所の職員に二郎を連れ戻してくれるよう依頼し、同職員は被告に翻意を促したが、結局、これを果たさなかった。

(14) そこで、原告は、平成五年三月一九日、被告を拘束者、二郎を被拘束者として神戸地方裁判所に人身保護請求事件(同裁判所平成五年(人)第一号事件)を提起した。そして、同裁判所は、右事件につき、同年八月五日、「被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。」との判決を言い渡し、同日、原告は、右判決に基づき、二郎の引渡を受けた。

なお、同判決は、同月八日の経過をもって確定した。

(15) また、原告は、被告が原告との結婚が偽装結婚である旨入国管理局に上申したため、原告の在留資格が問題とされ、査証の発行が保留されていたが、右判決後、日本人の子の養育者として在留資格を認められた。

(二) 一方、被告主張の前記「事案の概要」一3(一)、(二)の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

よって、被告の右主張は採用できない。

(三) 前記(一)で認定した各事実を総合すると、

(1)  原・被告間の婚姻関係は、被告の前記暴行と自己中心的な行動等によって、完全に破綻しており、民法七七〇条一項五号に定める離婚原因が認められるというべきである。

(2)  特に、二郎の年齢、原告の監護態勢の実情等に鑑みると、原・被告離婚後における二郎の親権者は原告と定めるのが相当である。

(3)  特に、原・被告間の婚姻期間、被告の前記暴行の態様、原告の受傷の程度等に鑑みると、本件慰謝料の額は金二〇〇万円と認めるのが相当である。

2  財産分与

(一) 証拠(<書証番号略>、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 被告は、原告と婚姻した昭和六二年当時、金約六〇〇万円の年収があり、ボーナスを除く毎月の給与額は手取りで金約二〇万円であり、翌年以降も、毎年これを少しずつ上回る収入を得ている。

一方、原告は、右婚姻当初は被告の同意のもとに約一年四か月間にわたって喫茶店や飲食店でアルバイトとして就労し、月額金約一〇万円の収入を得て、その中から生活用品を購入するなどしたが、その残額は生活費に充てていた。

(2) 被告は、平成元年四月二一日、被告宅である別紙物件目録一記載の建物及び土地(以下「本件物件一」という。)を金三七六〇万円で購入したが、右購入代金については、婚姻前後の被告の貯蓄及び被告名義の株式の売却代金をもって頭金(本件物件一の購入代金の約三分の一ないし二分の一相当額)を支払い、その残額を被告を債務者とする住宅ローンで賄うこととした。

右住宅ローン債務の支払いは、毎月金約五万円を支払い、年二回のボーナス月には割増額を支払うという方法でなされており、現在、本件物件一には被担保債権額合計金一九九九万円の抵当権が設定されているが、現時点における残債務額は不明である。

また、本件物件一の固定資産課税台帳に登録された価格(課税標準額)は、家屋につき金七八四万二九〇〇円(ただし、平成四年六月六日当時。)、敷地権(所有権)につき金五五四万七八六九円(ただし、平成五年七月二三日当時の共有持分割合。円未満四捨五入。)とされている。

(3) また、被告は、平成二年八月八日、別紙物件目録二記載の建物及び土地(以下「本件物件二」という。)を金約二一〇〇万円で購入し、その際も、被告の貯蓄等から頭金(金額は不明)を支払い、その残額を被告を債務者とする住宅ローンで賄うこととした。

右住宅ローン債務の支払いも、毎月金約三万円を支払い、年二回のボーナス月には割増額を支払うという方法でなされ、右ローン債務を担保するため、本件物件二には被担保債権額金一五六〇万円の抵当権が設定された。

なお、右ローン債務の現時点における残債務額は不明である。

また、本件物件二の固定資産課税台帳に登録された価格(課税標準額)は、家屋につき金六〇〇万二五六四円、敷地権(所有権)につき金八一万八四五六円(ともに平成四年一二月五日当時。なお、敷地権については共有持分割合。)とされている。

(二)  右認定各事実、殊に、原・被告の各収入額、本件各物件購入の際の頭金の捻出状況とこれに寄与した原告の程度、原・被告の実際の同居期間等一切の事情を総合すると、被告は、原告に対し、離婚に伴う財産分与として、金四〇〇万円を給付するのが相当である。

(三) なお、原告は、被告は婚姻中毎月金約一四万円の貯蓄をしてきたから、婚姻後から別居に至る平成三年一二月までの間の約四年八か月間においては少なくとも合計金約八〇〇万円の貯蓄を形成し、原告もこれに寄与した旨主張し、原告の陳述書(<書証番号略>)にはこれにそう記載部分が存在する。

しかしながら原告の右陳述書の当該関係記載部分は、前掲各証拠及びこれらに基づく右認定各事実に照らしてにわかに信用できないし、他に原告の右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

よって、原告の右主張は、採用できない。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴中離婚請求は、理由があるからこれを認容して、これに伴い原・被告間の未成年の子二郎の親権者を原告と指定し、同慰謝料及び財産分与請求については、右各認定の限度でそれぞれ理由があるから、それぞれその範囲内でこれらを認容し、その余は理由がないから、これらを棄却する。

なお、原告は、本訴中金銭給付請求につき仮執行宣言の申立をしているが、同金銭給付請求については、本件事案の内容から本判決の確定をみて初めてその義務を実現させるのが相当であるから、これを却下する。

(裁判長裁判官鳥飼英助 裁判官安浪亮介 裁判官武田義德)

別紙物件目録<省略>

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